馬見岡綿向神社:猪の神使と日野祭の神秘

滋賀県蒲生郡日野町に鎮座する馬見岡綿向神社は、綿向山山頂の大嵩神社の里宮として、古くから人々の信仰を集めてきた由緒ある神社です。平安時代初期の延暦15年(796年)に、綿向大神(天穂日命、天夷鳥命、武三熊大人命)を現在の地に遷し祀ったのが始まりと伝えられています。

神使は猪、そして伝説

この神社で特筆すべきは、神使として猪を崇敬している点です。創建に関する伝説は、545年(欽明天皇6年)、蒲生郡の豪族・蒲生稲置三麿と山部連羽咋が綿向山で狩りをしていた際、突如吹雪に見舞われ、岩陰で身を寄せた後、雪が止むと巨大な猪の足跡を発見したことから始まります。その足跡を追うと山頂にたどり着き、白髪の老人に遭遇。老人は綿向大神の化身であり、「ここに祠を建てて私を祀れ」と告げ、大嵩神社が建立されたとされています。この伝説から、猪は綿向大神の使いとして尊ばれるようになりました。亥年には、古くから伝わる猪の焼き印入りの絵馬が授与され、多くの参拝者を集めます。

蒲生氏と日野商人の信仰

中世には、当地を支配した蒲生氏が氏神としてこの神社を厚く保護しました。近世には、全国に名を馳せた日野商人が、出世開運の神として崇敬し、境内には日野商人が寄進したとされる立派な拝殿や絵馬殿、石灯籠、石橋などが残されています。本殿は滋賀県指定有形文化財にも指定されており、入母屋造平入り、千鳥破風軒破風、唐破風向拝付きという珍しい造りです。

日野祭:壮大な神事

毎年5月2日と3日に行われる日野祭は、馬見岡綿向神社の例祭として知られています。十六基の曳山が町を練り歩く壮大な神事で、祭囃子や桟敷窓など、日野町独特の文化が色濃く反映されています。祭囃子の源流は関東地方にあると考えられており、江戸時代に日野商人が関東各地と往復する中で、関東の祭囃子が取り入れられたという説があります。桟敷窓は、板塀を一部切り取って中に桟敷を作り、日野祭を見るためだけに開けられた、日野町独特の建築様式です。

アクセスと見どころ

JR近江八幡駅または近江鉄道日野駅から北畑口行バス「向町」停留所下車、徒歩3分とアクセスも良好です。境内には、本殿の他に、大絵馬、神馬舎、絵馬殿、神楽殿、御前桜、千両松、そして楠木正成とその子正行の別れを表現した像など、見どころが満載です。 綿向山山頂にある奥宮の大嵩神社は、20年に一度の式年遷宮が行われています。

馬見岡綿向神社は、歴史、伝説、そして独特の祭礼と、多くの魅力を秘めた神社です。滋賀県を訪れた際には、ぜひ足を運んでみてください。

関連リンク・参考文献

[1] https://www.town.shiga-hino.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/656/04.map.pdf
[2] 馬見岡綿向神社(うまみおかわたむき) | 日野曳山保存会【日野祭】
[3] 馬見岡綿向神社の初詣 | 滋賀ガイド!
[4] 亥年なら行かねば!神の使い神猪を祀る馬見岡綿向神社(滋賀) – カイザーベルク びわ湖|ツーリングをサポートするレッドバロン
[5] イノシシと蒲生稲置三麿。綿向大神に見込まれた。 – 戦国時代を追いかけて日本の歴史つまみ食い紀行
[6] 国内旅行
[7] 馬見岡綿向神社 日野町: ぶらり旅
[8] 滋賀県日野町【神猪(馬見岡綿向神社)】~奥宮の歴史~|びわぽ

By ando