倭文神社:織物の神と安産の神、そして国宝の秘宝

鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内にある倭文神社(しとりじんじゃ/しずりじんじゃ)は、伯耆国一宮として知られる由緒ある神社です。古くから織物の神様、そして安産の神様として信仰を集め、多くの歴史と神秘的な物語を秘めています。

基本情報

  • 所在地: 鳥取県東伯郡湯梨浜町大字宮内
  • 祭神: 主祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと)。他に下照姫命(したてるひめのみこと)、建御名方命(たけみなかたのみこと)など多くの神々が祀られています。
  • 歴史: 創建年代は不明ですが、機織りに携わった倭文氏(しずおりし)が祖神の建葉槌命を祀ったのが起源とされています。社伝には下照姫命に関する記述が多く、かつては下照姫命が主祭神と考えられていた時期もありました。下照姫命は出雲から渡来し、現在の地に鎮まったと伝えられています。その着船地には「化粧水」や「お腰掛岩」といった、彼女にまつわる名所が残されています。
  • 社格: 式内社、伯耆国一宮、旧国幣小社、現在は神社本庁の別表神社。

神秘と伝説:安産岩と経塚の謎

境内には「安産岩」と呼ばれる岩があります。昔、難産に苦しんでいた女性が願掛けをしたところ、夢に下照姫命が現れ、安産を授かったという伝説が残っています。この岩を削って飲むと霊験があると伝えられています。

また、境内にはかつて「乳神」と呼ばれる神木がありましたが、現在は倒壊しています。

そして、倭文神社を語る上で欠かせないのが、大正4年(1915年)に発見された経塚です。この経塚からは数多くの埋納品が出土し、その全てが国宝「伯耆一宮経塚出土品」として指定されています。これらの出土品は、平安時代後期の伯耆国一宮としての倭文神社の歴史を証明する貴重な資料となっています。経塚の発掘は、神社の歴史解明に大きな役割を果たし、同時に、この地がかつてどれほど神聖視されていたかを物語っています。銘文からは、平安時代後期には伯耆国一宮であったことが判明しました。

織物の里と倭文神社

神社の名前「倭文」は、かつてこの地域で盛んに行われていた「倭文織(しずおり)」という織物に由来しています。倭文織は、独特の技法で織られた高品質な織物として知られており、倭文神社は、その織物産業と深く関わっていたと考えられています。

アクセス

米子自動車道「湯原IC」から車で約60分、中国自動車道「佐用JCT」鳥取自動車道「鳥取IC」から約100分。

まとめ

倭文神社は、織物の神と安産の神として信仰を集め、国宝級の埋蔵品を秘めた歴史深い神社です。安産岩や経塚といった、神秘的な要素も魅力の一つ。鳥取を訪れた際には、ぜひ訪れて、その歴史と神聖な空気に触れてみてください。

関連リンク・参考文献

[1] 倭文神社
[2] 倭文神社 – 全国史跡巡りと地形地図
[3] 倭文神社 (湯梨浜町) – Bellis Wiki3
[4] 倭文神社 (湯梨浜町) – Wikipedia
[5] 倭文神社(シズリジンジャ)とは? 意味や使い方 – コトバンク

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