福岡県田川郡添田町に鎮座する英彦山神宮は、福岡県唯一の神宮として知られています。古来より神聖な山として崇められてきた英彦山に位置し、その歴史、伝説、そして幾つか残る謎めいた物語は、多くの参拝者を魅了してやみません。
基本情報
- 正式名称: 英彦山神宮(ひこさんじんぐう)
- 所在地: 福岡県田川郡添田町英彦山1
- 主祭神: 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
- 旧社格: 官幣中社
- アクセス: JR添田駅または英彦山駅から町営バス利用、または車
歴史と由緒
英彦山は、天照大神の御子、天忍穂耳命が天降ったとされる霊山です。そのため古くは「日の子の山」すなわち「日子山」と呼ばれていました。 嵯峨天皇の弘仁10年(819年)には「彦山」と改称され、霊元法皇の享保14年(1729年)には「英」の字を賜り、現在の「英彦山」となりました。
中世以降は、神道と仏教が習合した修験道の道場として「英彦山権現」として栄え、多くの山伏が修行に励んでいました。明治維新の神仏分離令により英彦山神社となり、昭和50年(1975年)6月24日、天皇陛下のお許しを得て「神宮」に昇格しました。
現在の社殿は天保13年(1842年)に肥前藩主鍋島斉正によって奉建されたもので、奉幣殿は国の重要文化財に指定されています。 境内には、奉幣殿の他に、上宮、中宮、下宮など複数の社殿があり、山全体が神域として広がっています。
伝説とエピソード
英彦山の開山伝説には、魏の国の僧善正と猟師藤原恒雄の物語が伝えられています。善正が修行中に恒雄と出会い、殺生を戒めたものの、恒雄が白鹿を射たところ、三羽の鷹が現れ、鹿を蘇生させたというものです。この出来事をきっかけに、恒雄は善正の弟子となり、英彦山の信仰が始まったとされています。この伝説には、仏教の伝来や渡来人の影響が垣間見えると解釈する説もあります。
また、英彦山には多くの修験道にまつわる伝説や逸話が残されています。例えば、雪舟が滞在して庭園を築いたという伝説や、数々の霊験あらたかな湧き水など、神秘的な要素が色濃く残っています。
ミステリーと裏話
幕末には、英彦山義僧事件と呼ばれる出来事が起こりました。長州藩の攘夷運動に巻き込まれた山伏たちが、小倉藩によって捕らえられ、多くが命を落としたという悲しい歴史です。現在も、英彦山神宮境内には、この事件で犠牲となった人々を祀る招魂社があります。
さらに、英彦山には、未だ解明されていない謎めいた現象や伝承も残されています。これらの謎は、英彦山の神秘性を一層高めています。
英彦山神宮の魅力
英彦山神宮は、歴史と自然が融合した独特の雰囲気を持つ場所です。雄大な自然に囲まれた境内は、都会の喧騒を忘れさせてくれる癒やしの空間です。 また、数多くの摂末社や史跡、そして美しい自然景観は、訪れる人々に深い感動を与えてくれます。
近年では、海外からの観光客も増加しており、国際的なパワースポットとしての注目も集めています。2022年には、ネイティブアメリカンの方々が英彦山神宮で奉納ダンスを行うなど、国際交流の場としても機能しています。
英彦山神宮は、単なる神社という枠を超え、歴史、伝説、自然、そして人々の信仰が織りなす、奥深い魅力を持つ場所です。一度足を運んで、その神秘的な世界に触れてみてはいかがでしょうか。
関連リンク・参考文献
[1] 【英彦山義僧事件 霊山に吹き荒れる苦難の嵐】
[2] 英彦山神宮 | 神話を科学する(古代史探訪)
[3] キレイライフプラス|福岡:福岡県唯一の神宮 英彦山神宮(福岡県田川郡)
[4] 英彦山神宮(福岡県 英彦山)〈奉幣殿・下津宮〉 – Shrine-heritager
[5] 英彦山神宮 – Wikipedia
[6] ィイ・ヤシロ・チvol.69 天狗の御使い旅その8 英彦山神宮|名艸まさ美
[7] 猛暑を癒やす夏の風物詩“納涼風鈴まつり”🎐 御守りの種類が日本一多い神社としても知られる宇部の氏神様「琴崎八幡宮」では 夏恒例の「納涼風鈴… | TikTok
[8] 英彦山(ひこさん)神宮・福岡県添田町|由緒ある歴史と山の魅力 | もっと福岡-福岡観光・グルメ・お土産など情報サイト
[9] 501 Not Implemented
[10] 筑紫倭国伝(つくし伝説.神代下)
[11] 英彦山神宮 田川郡添田町
[12] 御祭神と由緒|英彦山神宮|福岡県添田町