古都奈良の東、紅葉の名所として知られる手向山に鎮座する手向山八幡宮。その歴史は古く、東大寺大仏建立に深く関わっていることから、多くの物語や伝説が息づいています。
基本情報
- 名称: 手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)
- 所在地: 奈良県奈良市雑司町434
- アクセス: JR奈良駅または近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車徒歩15分、または近鉄奈良駅から徒歩30分。
- 祭神: 応神天皇、姫大神、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇
- 主な祭礼: お田植祭(2月節分)、転害会(てがいえ)(10月5日)
東大寺との深い繋がり
749年(天平勝宝元年)、東大寺大仏建立に際し、九州の宇佐八幡宮から東大寺の守護神として勧請されたのが始まりです。当初は平城宮南の梨原宮に建立され、その後東大寺大仏殿南方に移転。1180年(治承4年)の平重衡による南都焼討で焼失しましたが、東大寺大勧進重源によって再建されました。1250年(建長2年)には鎌倉幕府五代執権の北条時頼によって現在地に移されました。明治の神仏分離により東大寺から独立しましたが、その深い繋がりは今もなお残っています。 快慶作の「僧形八幡神坐像」(国宝)は、現在も東大寺勧進所八幡殿に安置されています。
伝説とエピソード
- 神体画像をめぐる争奪戦: 1197年(建久8年)の遷宮に際し、重源は弘法大師作と伝わる八幡神画像を神体として朝廷に願い出ましたが、石清水八幡宮もこれを所望し、激しい争奪戦が繰り広げられたと言われています。最終的には元の所有者である神護寺に返却されたそうです。
- 菅原道真と紅葉: 菅原道真が「このたびは幣もとりあへず手向山もみぢの錦神のまにまに」と詠んだとされる歌で有名な紅葉の名所でもあります。この歌にちなみ、京都北野天満宮には江戸時代に楓の苗木が奉納されています。
- 源頼光と鬼退治: 境内には源頼光が酒呑童子の一党を討ち取ったという伝説にまつわる絵画が残されています。源頼光は清和源氏の三代目で、その子孫は摂津源氏と呼ばれていました。
- 転害会: 10月5日に行われる転害会は、宇佐八幡宮からの遷宮の際、東大寺転害門から入られたことに由来すると言われています。神輿渡御が転害門まで行われる盛大な祭礼です。
- 宝庫: 奈良時代の宝庫(重要文化財)は、東大寺の油倉の上司倉だったと言われています。東大寺の法華堂経庫と似た造りであることも注目すべき点です。
見どころ
境内には、鎌倉時代の住吉社本殿(重要文化財)、江戸時代の境内社(県指定文化財)、奈良時代の宝庫(重要文化財)、国宝の唐鞍など、多くの文化財が保存されています。これらの文化財は、手向山八幡宮の歴史と文化を物語る貴重な遺産です。
手向山八幡宮を訪れて
手向山八幡宮は、歴史と自然、そして数々の伝説が織りなす魅力的な場所です。東大寺との深い繋がり、紅葉の美しい景色、そして残された数々の文化財を体感できる、奈良観光の隠れた名所と言えるでしょう。 ぜひ一度、訪れてみてください。
関連リンク・参考文献
[1] 手向山八幡宮の歴史と見どころ〜奈良:東大寺の鎮守〜
[2] 手向山八幡宮
[3] 手向山八幡宮 | ええ古都なら
[4] 手向山八幡宮 | 奈良 奈良市 おすすめの人気観光・お出かけスポット – Yahoo!トラベル
[5] 手向山八幡宮 – Wikipedia
[6] Tamukeyama Hachimangu shrine
[7] 手向山八幡宮のご利益や絵馬の秘密と拝観料(入れる時間)を….そんな知りたい❓ | 東大寺-御朱印
[8] 手向山八幡宮の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
[9] 手向山八幡宮:近畿エリア | おでかけガイド:JRおでかけネット
[10] 東大寺・薬師寺の守り神「手向山八幡宮」「休ヶ丘八幡宮」【供TOMO(トモ)】 | 日本産こだわりの食品・雑貨ギフト・プレゼント専門通販サイト
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