仙台市青葉区に鎮座する仙台東照宮は、単なる神社ではありません。その歴史と背景には、伊達家と徳川家の深い繋がり、そして仙台の街の成り立ちが複雑に絡み合い、多くの謎と魅力を秘めた聖地なのです。
基本情報
- 御祭神: 東照大権現(徳川家康)
- 創建: 承応3年(1654年)
- 創建者: 仙台藩二代藩主 伊達忠宗
- 所在地: 宮城県仙台市青葉区東照宮1-6-1
- アクセス: JR仙山線「東照宮駅」下車3分、仙台市営バス「東照宮1丁目」下車3分
- 見どころ: 国の重要文化財に指定されている本殿、唐門、随身門、鳥居など。宮城県最古の遺構である鳥居や随身門は必見です。
歴史と伝説:伊達家と徳川家の絆
仙台東照宮の創建は、単なる徳川家への忠誠心表明ではありませんでした。伊達家と徳川家は姻戚関係にあり、仙台藩が財政難に陥った際、江戸幕府から多大な支援を受けていたという歴史的背景があります。伊達忠宗は、その恩義への感謝と、仙台藩の繁栄を祈念して、家康を祀る東照宮の建立を決意したのです。
創建にあたっては、日光東照宮を参考にしながらも、仙台独自の建築様式を取り入れ、多くの建造物が国の重要文化財に指定されています。中でも、宮城県最古とされる石鳥居は、忠宗夫人の出身地である岡山県から海路で運ばれた花崗岩で作られたという興味深い逸話も残されています。
また、仙台東照宮の境内地は、古くから信仰の篤い場所「玉手崎」に位置しています。天正19年(1591年)、徳川家康が葛西大崎一揆鎮圧の視察を終え、伊達政宗と共にこの地で休息したという歴史的な縁も、境内地の選定理由の一つとされています。仙台城の鬼門(北東)に位置することから、鬼門鎮守としての役割も担っていたと考えられています。
ミステリー:六芒星と伊達政宗の「政宗コード」
仙台東照宮を含む、大崎八幡宮、榴岡天満宮、青葉神社、愛宕神社、そして仙台城本丸を結ぶと、六芒星が浮かび上がります。これは、伊達政宗による巧妙な都市計画、いわば「政宗コード」の一部ではないかという説があります。六芒星は魔除けとして古来より用いられており、仙台の街の安全と繁栄を願った政宗の戦略だったのかもしれません。この説は、仙台の街並みが六芒星を意識して作られているという都市伝説とも深く関わっています。
仙台東照宮の祭り
仙台東照宮では、年間を通して様々な祭りが行われています。特に、5年に一度行われる神輿渡御は、江戸時代には「仙台祭」と呼ばれ、東北最大規模のお祭りとして賑わったと言われています。現在でも、その盛況ぶりは多くの人々を魅了しています。また、春祭りでは仙台市登録文化財である東照宮神楽が奉納され、多くの参拝者で賑わいます。
不思議な体験談
仙台東照宮では、不思議な体験をしたという話も伝わっています。例えば、参拝中に不思議なエネルギーを感じたり、おみくじの結果が予想外であったりといった体験談です。これらの体験談は、仙台東照宮が持つ神聖な雰囲気と、歴史の重みを感じさせるエピソードと言えるでしょう。
宮町の民話
仙台東照宮の門前町として栄えた宮町には、数々の民話が語り継がれています。これらの民話の中には、仙台東照宮の歴史や、この地に住む人々の生活、そして信仰が深く関わっているものも多く、仙台東照宮の歴史をより深く理解する上で貴重な資料となっています。
まとめ
仙台東照宮は、歴史、伝説、そしてミステリーが織りなす、魅力あふれる場所です。徳川家康と伊達政宗という、日本の歴史を彩る二人の偉人の縁、そして仙台の街の安全と繁栄を願った人々の想いが、今もこの地に息づいています。ぜひ、一度訪れて、その歴史と神秘に触れてみてください。 訪れる際には、公式ホームページで最新情報を確認することをお勧めします。
関連リンク・参考文献
[1] 伊達政宗が仙台の街に隠した六芒星の秘密を解き明かす | 星の街仙台~伊達政宗が隠した無形の文化遺産〜
[2] 仙台六芒星の一角『仙台東照宮』で伊達家と徳川家のルーツに思いを馳せる ~仙台東照宮/青葉区東照宮~ – せんだいマチプラ
[3] 東六番丁小学校で「宮町の民話を聞く会」が行われました|仙台市市民センター
[4] 桜咲き誇る神聖な地、仙台東照宮 | NODE SENDAI
[5] 仙台東照宮:伊達家と徳川家の深い縁と、400年の歴史が織りなす物語 – 神社旅
[6] 仙台東照宮 – 仙台東照宮
[7] <仙台東照宮>宮城県 – 仙台・秋保・作並エリアの神社仏閣【旅色】
[8] 東照宮 | 【公式】仙台観光情報サイト – せんだい旅日和
[9] 仙台東照宮
[10] 仙台東照宮 | 【公式】仙台観光情報サイト – せんだい旅日和
[11] 仙台藩二代目・伊達忠宗が創建!仙台城の鬼門を守護する仙台東照宮 | Masayan の Emotion Inmotion