基本情報
所在地:福岡県築上郡吉富町小犬丸353-1
御祭神:息長帯比売命(神功皇后)、虚空津比売命(神功皇后の妹)
創建:欽明天皇6年(545年)
福岡県と大分県の県境、山国川の河口近くに鎮座する「八幡古表神社(はちまんこひょうじんじゃ)」。ここは、単なる古社という枠を超え、日本の芸能の源流ともいわれる「傀儡子(くぐつ)」の伝統を今に伝える、極めてミステリアスな聖域です。
■ 隼人の乱と「戦術」としての傀儡子
この神社を語る上で欠かせないのが、奈良時代の養老4年(720年)に起きた「隼人(はやと)の乱」です。南九州の隼人族が朝廷に反旗を翻した際、朝廷軍は宇佐八幡の神軍を伴って出陣しました。
伝説によれば、この時、敵を油断させるために使われたのが「傀儡子(操り人形)」だったといわれています。軍勢が人形を舞わせて隼人たちの目を引きつけ、その隙に攻め落としたというのです。
乱の終結後、殺生を悔いた朝廷は、隼人の霊を慰めるために「放生会(ほうじょうえ)」を始めました。八幡古表神社に伝わる傀儡子の舞は、この放生会で奉納される特別な神事として、1300年もの間守り続けられてきました。
■ 謎を呼ぶ「黒い住吉大神」
神社の宝物庫には、国指定重要有形民俗文化財である47体の傀儡子が保管されています。4年に一度の「細男舞(くわしおのまい)・神相撲」では、これらの人形が神の手によって操られ、土俵の上で相撲を取ります。
ここで最大のミステリーとされるのが、西方の大将として登場する「住吉大神」の人形です。
他の神々が白い顔をしているのに対し、住吉大神だけは一回り小さく、肌が「赤銅色(黒色)」をしています。そして、この小さな黒い神様が、自分よりも大きな神々を次々と投げ飛ばし、最後には全員を相手にしても勝ってしまうのです。
なぜ住吉大神だけが黒いのか? 一説には、この人形こそが征伐された「隼人」の姿を投影しているのではないか、あるいは南方系の海洋民族の象徴ではないかとも囁かれています。勝負の結末に隠された意図は、今も歴史の闇の中です。
■ 千枚の着物が舞う「乾衣祭(おいろかし)」
毎年8月6日・7日に行われる「乾衣祭」も、この神社ならではの光景です。
これは、傀儡子たちが着る数千枚もの小さな衣装を社殿に広げて虫干しする行事です。歴代の中津藩主や、子どもの健やかな成長を願う庶民から寄進された色とりどりの着物が、社殿を埋め尽くす様子は圧巻の一言。
「神様の衣替え」とも呼ばれるこの行事は、人形たちが単なる道具ではなく、今も生きている「神そのもの」として扱われていることを物語っています。
■ 宇佐神宮の「元宮」という誇り
社名の「古表(こひょう)」とは、宇佐神宮の放生会において、神輿が着く「古い表(おもて)」、つまり重要な拠点であったことを意味しています。
かつては山国川を船で渡り、対岸の宇佐神宮(大分県)へと傀儡子たちが向かう壮大な神幸行事が行われていました。現在も、川を挟んで対岸にある「古要神社(こようじんじゃ)」とは姉妹のような関係にあり、共に傀儡子の文化を継承しています。
歴史の教科書には載らない、古代九州の動乱と鎮魂の記憶。八幡古表神社は、木彫りの人形たちの瞳を通して、今も私たちに何かを語りかけているようです。勝負事の神様としても知られるこの場所で、1300年前のミステリーに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
関連リンク・参考文献
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[2] Attention Required! | Cloudflare
[3] 八幡古表神社の傀儡子の舞と相撲 文化遺産オンライン
[4] 八幡古表神社 夏季大祭(放生会・細男舞・神相撲・乾衣祭) | イベント | 【公式】福岡県の観光/旅行情報サイト「クロスロードふくおか」
[5] 八幡古表神社
[6] https://minzoku.yg.kobe-wu.ac.jp/resources/upload/pdfs/318.pdf
[7] 八幡古表神社
[8] 八幡古表神社 – Wikipedia
[9] 八幡古表神社 | 観光スポット | 【公式】福岡県の観光/旅行情報サイト「クロスロードふくおか」
