島根県松江市、意宇川(いうがわ)のほとりに鎮座する「熊野大社(くまのたいしゃ)」。和歌山県の熊野三山も有名ですが、実はこの島根の熊野大社こそが「日本一の霊験あらたかな社」として、古くから出雲大社よりも上位に位置づけられてきた歴史を持つ、極めて格式高い古社であることをご存知でしょうか。
今回は、火の神、そしてスサノオの聖地として知られる熊野大社の謎と魅力に迫ります。
基本情報
- 所在地: 島根県松江市八雲町熊野2451
- 御祭神: 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(かぶろぎくまのおおかみ くしみけぬのみこと)
- 社格: 出雲国一之宮
※この名は素戔嗚尊(スサノオノミコト)の別名とされています。
「火の発祥の地」としての伝説
熊野大社は「日本火出初之社(ひのでぞめのやしろ)」と呼ばれ、日本で初めて火が生まれた場所とされています。
御祭神の「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」の「ケ」は食物を意味し、火を使って食べ物を炊く、つまり「文明の象徴である火」を司る神様として崇められてきました。
境内にある「鑚火殿(さんかでん)」は、茅葺き屋根の古式ゆかしい建物で、ここには火を起こすための神聖な道具「燧臼(ひきうす)」と「燧杵(ひきね)」が保管されています。
出雲大社が「頭を下げる」? 謎の儀式「鑚火祭」
熊野大社には、全国的にも珍しい「鑚火祭(さんかさい)」という奇祭があります。これは、出雲大社の宮司(出雲国造)が、代替わりの際や毎年の恒例行事として、熊野大社から「聖なる火」を譲り受ける儀式です。
この儀式の中には「亀太夫の儀(かめだゆうのぎ)」という非常にユニークな一幕があります。
出雲大社側が献上する「餅」に対して、熊野大社の氏子(亀太夫)が、
「この餅は形が悪い」「色が白くない」「小さい」
などと、延々と難癖をつけるのです。出雲大社の使いは、ひたすら平身低頭してこれを受け流さなければなりません。
なぜ、あの巨大な出雲大社がこれほどまでにへりくだるのか。それは、熊野大社が「火の元」であり、出雲大社の祭祀に欠かせない火を司る「親神」のような存在だからだと言い伝えられています。
隠れたミステリー:スサノオの「終焉の地」説
一般的にスサノオは、ヤマタノオロチを退治した後、須我神社(雲南市)に宮を造ったとされていますが、一説にはこの熊野の地を終焉の地として選んだという伝承も残っています。
境内の奥に流れる意宇川の清流と、背後にそびえる天狗山の静謐な空気は、まさに神が隠れ住むにふさわしい神秘的な雰囲気を漂わせています。
聖地巡礼情報:アニメ『神在月のこども』
熊野大社は、2021年に公開された劇場アニメ『神在月のこども』の舞台の一つとして描かれています。
島根県全域を舞台にしたこの作品では、主人公のカンナが神々の集まる出雲を目指す道中で、重要な役割を果たす場所として登場します。作中の美しい背景描写と、実際の境内の静かな佇まいを比較しながら参拝するファンも多く、新たな聖地として注目を集めています。
また、スサノオをモチーフにしたキャラクターが登場する作品(『BLUE SEED』など)や、出雲神話をベースにした物語を愛好する人々にとっても、その「源流」として欠かせない巡礼スポットとなっています。
参拝のポイント
拝殿の横には、願い事を書いた紙を水に浮かべる「縁結びの池」もあり、スサノオとクシナダヒメの仲睦まじい伝説にあやかった縁結びのご利益も有名です。
出雲大社へ参拝する際は、ぜひその「火の元」である熊野大社へも足を運び、神話の深淵に触れてみてはいかがでしょうか。
関連リンク・参考文献
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